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甲府地方裁判所 昭和29年(行)7号 判決

原告 河東勝太郎

被告 山梨県知事 外一名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告山梨県知事が別紙第二号目録記載の土地につき昭和二十七年十月一日附の譲渡令書によりなした譲渡処分の無効を確認する。被告小林古丸は原告に対し右土地の明渡をせよ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに土地明渡の部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求める旨申立てその請求原因として別紙第一号第二号目録記載の土地は原告の所有であるが被告山梨県知事は右土地が昭和二十五年政令第二百八十八号自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(以下単に政令第二百八十八号と略称する)第二条第一項第三号に該当するものとして昭和二十七年十月一日附譲渡令書により原告より国に譲渡すべき旨の処分をした。しかし右処分は次に述べる理由により無効である。

第一、本件強制譲渡の根拠法である前示政令第二百八十八号第二条第一項本文中のかつこ内の規定は憲法第二十九条に違反する。即ち旧自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条第一項第三号は居村内における小作地自作地を所有する者については中央農業会議が定める面積までは買収しないことを規定し本県においてはその面積は一町五反と定められている。この保有面積については自創法制定当時種々論議されたが結局農地所有を公共のために制限する限度として定められたものである。政令第二百八十八号はその名称の示すように自創法及び農地調整法を基本として制定された支流ともいうべきものであるから公共の必要性の限度は自創法で定めた限度を超えてはならないのである。しかるに自創法で保有面積を認めながら右保有制度を無視し公共の必要の限度を逸脱したのが政令第二百八十八号であるといわなければならない。もとより所有権の作用は無制限に許さるべきものでなく公共の福祉に適合すべきものであることは勿論であり自創法も亦右の理想を以て制定されたものであることは今更いうまでもない。しかしながら政令第二百八十八号第二条第一項かつこ内に定める「その者がない場合その他命令で定める場合には政府」に譲渡するというに至つてはもはや公共のために用うべき現実の必要性が存在しないというべきである。自創法で認められた保有面積内の土地について、これを他に賃貸した場合には「農業に精進する見込のある者」に強制的に譲渡させることが公共の福祉に適合するものであるとする考え方自体にもそれが合憲であるかどうか疑問がないわけではない。まして「その者がない場合」に何故政府が強制譲渡を受けなければならないのであろうか、何故にこの場合にまで公共の福祉という概念を結びつけようとするのであろうか、自創法のもとにおいては現実に農地を買受ける農民が存在したのであるそれ故に政府が買収するに当つても公共の福祉という現実の必要性が存在したのである。この場合でさえ政府買収は土地国有論と結びつくのを警戒して相当の論議がなされたのである。政令第二百八十八号の場合においても「農業に精進する見込のある者」が現実に存在するときにおいてはじめて公共の必要性があるものというべきであろう。自己の所有物を賃貸してその収益を得ることは所有権の一作用として当然認められるところであつて我憲法が協同体的思想をその基調とするとはいえ私有財産制度を前提とすることは憲法第二十九条「財産権の不可侵」の規定によつても明かであつて未だ現実に公共のための必要性が存在しないに拘らず政府が強制的に譲受けることは憲法の右条規に違反するものであるといわなければならない。自創法による農地の売渡は正に日本農民とそして日本の封建社会が近代社会への脱皮として必要欠くべからざるものとして行われたものであつて何等政府の恩恵でもなく多数判例の示すように正当の補償の下にその所有権を取得するに至つたものである。そしてその際相当の論議を重ねた上前述のように農地の保有制度を定めたのである。その自創法により売渡を受けた土地について耕作を止めた場合には強制的に之を譲渡するという考え方の根底には自創法は農民に対する恩恵であるという思想が存在すると共に旧地主に対する情誼というこれこそ正に封建性打破の障害となるべき義理人情論の存在することを知るのである。しかのみならず自創法による保有限度内において政府売渡の土地以外の土地を賃貸した場合には政令第二百八十八号の適用がなく政府売渡の土地を賃貸した場合においてのみ強制譲渡の対象となるという実質的根拠については何等首肯するに足る理由がない。むしろここにこそ自創法は恩恵であるという思想の一端がうかがえるのであつてこれを懲罰というのであれば何を以て懲罰に値するというのであろうか、又、若し前述のように「農業に精進する見込のある者」に譲渡させることを以て公共の福祉に適合するという見解をとるならば政府売渡以外の土地について賃貸する場合にも亦強制譲渡の対象とすべきではなかろうか、そうでなければ憲法第十四条の保証する「法の下に平等」という規定にも亦違反するといわなければならない。本件において原告はその所有する自作地小作地合せて自創法の認める一町五反の保有面積に達しないのである。本件土地は自創法による政府売渡の土地ではあるが前述のように正当な補償の下にそして農地調整法によつて保護された農地賃借権に基いて取得するに至つたものである。決してにわかに農地の所有者となつたものではない。その耕作を止めたからといつてもそれは前述の自創法で定める保有面積内の土地であつて右保有面積を超えている場合ならともかくこれを一律に強制譲渡せしめようとする政令第二百八十八号の合憲性を公共の福祉に結びつけることはまさしく諒解に苦しむところである。

第二、政令第二百八十八号による強制譲渡は正当な補償をしていない。昭和二十五年七月三十一日から農地の価格統制が撤廃となり農地を売買するについては一定の制限は附されているもののその価格は自由に定められることになつたのである。それを反映してか政令第二百八十八号においてもその強制譲渡の対価は賃貸価格の二百八十倍とされたのである。これは社会一般の経済状態の推移によるものであると共に一面農地改革によつて土地を取得した新所有者を保護する趣旨のものである。右の二百八十倍の倍率は適正のものとせられ現行農地法にあつても第十二条同施行令第二条によりその侭維持されている。右のように農地の価格が撤廃され土地所有者が自己の所有する農地について売買する場合右自創法による売渡の農地以外であれば一定の制限はあるものの価格は自由に定められながら自創法によつて所有権を得た農地の場合にのみその二百八十倍を遥かに下まわる価格で譲渡しなければならないということは法の下における平等の理念に反するものといわなければならない。自創法による買収並びに売渡の対価は昭和十五年から同十九年度迄の五ケ年平均の実収高を同二十年末の生産者売渡の価格に換算したものによつて案出されたものであるからそれより数年経過した昭和二十七年における譲渡処分の補償として右価格と殆んど等しい額を以てすることが果して憲法第二十九条に所謂正当な補償と謂え得るかは甚だ疑問である。右に述べた如く経済状態の推移に伴つて農地の価格統制が撤廃になつているのであるから前述二百八十倍の譲渡対価自体が正当な補償であるといわなければならない。しかるに政令第二百八十八号第三条第三項によると譲渡対価の中から同条項所定の算式によつて算出された額を政府に支払わなければならないと定められている。それならば右二百八十倍の対価より右政府に支払うべき額を控除した額を以てしては到底正当な補償となし得ないことは前述の理由により明かであつて憲法第二十九条に違反するものといわなければならない。本件土地について算出された二百八十倍に該当する金額は金八千七百五十六円であり政府に支払うべき額は金参千七百五拾弐円であるから右八千七百五十六円から参千七百五十二円を差引いた金額は正当な補償とはなり得ないものである。

第三、仮りに政令第二百八十八号が違憲でないとしても別紙第二号目録記載の土地は原告が被告小林古丸に対し一時的に賃貸したものであり且つ同人が一たん返地しながら不法に占有しているものであるから強制譲渡の対象とすべきものでない。即ち被告小林古丸は昭和二十五年四月満洲から引き揚げて来たが農耕地がなかつたので原告に対し別紙第一号目録記載の土地の賃借を申出た。しかし原告は約一、二年後には訴外高箒誠を養子として迎えることになつていたのでそれ迄の間二年という契約で右土地を同被告に賃貸したのである。而して被告小林は昭和二十七年四月に至り原告に対し右土地の内第二号目録記載の土地を返還したので原告は右土地に肥料用として大豆二升を蒔付けた。しかるに同被告は更に右土地を不法に占有して耕作するに至つたものである。政令第二百八十八号第二条により強制譲渡の対象となる土地は所有者の意思によつて耕作の業務を止めた場合をいうのであつて一時的賃貸借の場合には借地法借家法及び農地法におけると同一精神により之を除外しなければならない。それならば本件土地は原告が一時的賃貸したものであり且つその返還後不法に占有を奪われたものであるからこれを強制譲渡の対象となすべきものでないことは自明の理といわなければならない。仍て原告は被告山梨県知事に対して前記強制譲渡処分の無効確認の判決を求める。

次に被告小林古丸は原告に対抗し得る法律上の権原なくして別紙第二号目録記載の土地を占有しているものであつて前記強制譲渡処分後国より使用を許されている関係に在るが右処分が無効であることは前述のとおりであるから原告はその所有権に基き被告に対し右土地を明渡すべき旨の判決を求めると陳述した。(証拠省略)

被告山梨県知事指定代理人は主文同旨の判決を求め先づ本件被告山梨県知事に対する強制譲渡処分無効確認の訴と被告小林古丸に対する土地引渡の訴は何等関連性を有しないから併合は許されないと述べ次で本案の答弁として原告主張事実中被告山梨県知事が原告所有の別紙第二号目録記載の土地につき政令第二百八十八号第二条第一項第三号に該当するものとして昭和二十七年十月一日附譲渡令書により原告より国に譲渡すべき旨の処分をしたこと、右土地につき原告と被告小林古丸との間に賃貸借契約がなされたこと、同被告が引き続き右土地を耕作していることはいずれも認める、が右賃貸借契約が一時的のものであることは否認する。その余の事実は総て不知である。右土地は自創法第十六条により政府から原告に売渡されたものであるが原告はその後右土地を自ら耕作又は養畜の業務の目的に供することを止め被告小林古丸に賃貸したのである。従て被告山梨県知事が右土地を政令第二百八十八号第二条第一項第三号に該当するものとして強制譲渡の処分をなしたことは何等違法でなく又その根拠法条である政令第二百八十八条第二条第一項本文かつこ内の規定も決して違憲ではない。そもそも耕作者の地位を安定せしめ農業生産力の増強を図らねばならないことは現下日本の食糧事情から又社会施策の上からも当然のことであるといわねばならない。小作地の所有を無限に許容したならば往年の地主制度が復活することになり斯くては農地改革は烏有に帰すばかりでなく社会不安は増大し民心の安定は期せられない。農地法が一定限度以上の農地所有を制限するのはその故である。本件についていえば原告が制限以上の小作地を所有するに至つたというのではないが苟しくも国策に従て農地改革を断行し旧地主から強制して本件土地を買収しこれを原告に売渡したのである。しかるに原告は不法にも右土地を無許可で他に賃貸したのであつて斯る所為は社会正義の上からも旧地主に対する情誼の上からも断じて許されない。而して土地を高度に利用し公共の福祉に添うためには農業に十分精進する者に対してでなければ売渡すことは許されない。さりとて一たん売渡を受けた者がその土地につき農耕養畜の業務の目的に供することを止めた場合右土地を依然として保有させておくことも之亦許されないのであつて政府はこれを買収しなければならないのである。しかも国が所有権を取得するのは一時的暫定的処置であつて農業に精進する者があれば何時でもその者に売渡すのである。従てその使用目的は当初から明かなことである。私権は公共の福祉に従うは勿論権利の行使は信義に従い誠実にこれをなさなければならない。これが国民の義務であるこの義務を忘れ所有権の無限大を考えるような主張は採用すべきでない。又原告は政令第二百八十八号による強制譲渡は正当な補償をしていないというが同令第三条第三項によれば譲渡が自創法第十六条の規定による売渡期日より十年を経過しない間に行われる場合には譲渡人はP-P+10(P-P)により算出された額を政府に支払わなければならないと定められている。昭和二十五年七月二十一日農地の価格統制の失効に伴い強制譲渡の場合の農地等の価格は政令第二百八十八号第五条により田にあつては賃貸価格の二百八十倍と定められ自創法による買収の対価(及び売渡の対価)とは相当大幅の開きがある。農地改革の趣旨とするところは小作人に土地を与えて自作農とすることであつて不当な利益を与えるものではない。即ち農地価格の統制失効に伴い被売渡人が自創法により政府から売渡を受けたときの対価と強制譲渡によつて譲渡するときの対価との差が大でありその差額を被売渡人が取得することは不当な利益を得ることとなるのでそれは政府に納付すべきであるとなすのである。しかし一般的に農地の価格が上昇したので自創法第十六条等によつて売渡を受けた農地だけを従前の統制価格に据置くことは不合理であるからその差額は或る意味においては被売渡人が取得してもよいのであるが政令第二百八十八号第二条第一項第三号に掲げる土地の強制譲渡は自創法第二十八条の先買制度と同様に罰則的な性格がありこれが政府に対する支払金の制度を規定した法意である。又右政府支払金の制度は民法第五百七十九条の買戻制度とその法意を同じくする面もあるのであつて民法所定の買戻の場合には売主は代金及び契約の費用を返還すれば足るのであるが強制譲渡の場合には自創法による農地売渡の際の対価は田にあつては賃貸価格の四十倍であつたところ譲渡の対価は二百八十倍となつたのである。従てこれより政府納付金を差引いたとしても譲渡人の手取金は尚賃貸価格の四十倍以上である。又自創法による農地の被売渡人には何等契約費用の負担はないのであるから右手取金は民法の買戻の場合の法意にも反しないこととなる。以上の理由により政令第二百八十八号第三条第三項所定の政府支払金を控除した譲渡対価は決して正当の補償たり得ないものではなく、本件における原告の手取金は同政令第五条及び同政令第十四条に定める賃貸価格二百八十倍によつて算出された金八千七百五十円から同令第三条第三項による政府支払金参千七百五拾弐円を控除した金額であつて右は何等違法のものではない。次に原告の被告小林古丸に対する本件土地の賃貸は一時的のものではない。譲渡政令施行令第十条第二項第一号によれば一時的賃貸の場合には強制譲渡せしむべきものでないことは明かであるが右にいう一時的賃貸とは同政令施行令第三条第六項に定める耕作者の死亡、疾病、就学、選挙による公務就任、その他の事由で市町村農業委員会が都道府県農業委員会の承認を受けたやむを得ない場合でなければならない。しかるに原告と被告小林との間の賃貸借契約には右事由は一も存しないのであるから右賃貸借契約を一時的のものであるとする原告の主張は何等根拠がないと述べた。(証拠省略)

被告小林古丸は主文同旨の判決を求め原告主張事実中同被告が昭和二十五年四月中満洲から引き揚げたという点は否認する。右引き揚げの日は昭和二十一年一月である。その他は被告山梨県知事の答弁と同様であると述べた。(立証省略)

理由

先づ原告の被告等に対する訴の併合の適否について審査するに行政庁を被告として行政処分の無効確認を求める訴は行政処分の取消変更を求める抗告訴訟とその性格を同じくするものであるから行政処分の無効確認と関連する請求については当事者を異にする場合であつても行政事件訴訟特例法第六条の類推適用により併合を許すべきものと解するのが相当である。本件において被告小林古丸に対する農地引渡の請求は被告山梨県知事に対する右農地についての強制譲渡処分の無効確認が先決関係に在り従て両請求が関連性を有することは原告の主張自体によつて明かであるからこれが併合を許すべきものとする。

次に被告山梨県知事に対する原告の主張について判断するに同被告が原告所有の別紙第二号目録記載の土地につき政令第二百八十八号第二条第一項第三号に該当するものとして昭和二十七年十月一日附譲渡令書により原告より国に譲渡すべき旨の処分をしたことは当事者間に争がなく右土地が旧自創法第十六条に依り原告に売渡されたものであることは本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。原告は第一に右強制譲渡処分の根拠法条である政令第二百八十八号第二条第一項本文かつこ内の規定は憲法第二十九条に違反すると主張するので先づこの点につき審査するに、政令第二百八十八号による農地の強制譲渡は旧自創法によつて行われた政府が主体となつて買収及び売渡をする制度と異り当事者の協議によつて直接その間に譲渡されることを原則とするのであつて、該当土地について買受の資格を有するものが現存しない場合にはこれを政府に譲渡すべきものとするのが右第二条第一項本文かつこ内の規定である。思うに戦後における吾が国民主化の一環として行われた一連の農地立法即ち自創法、政令第二百八十八号及び現行農地法を連く精神は自作農主義、換言すれば農地はその耕作者がみずから所有することが最も適当であるということであつて自作農を創設しその権利を保護することが耕作者の地位の安定農業生産力の増進を企図する最良の方途であるとなすのである。勿論、自作による農業経営が従前広く行われた小作によるそれに比し農業生産力の増進に寄与することが大であることは今更多言を要しないことであつてさればこそ戦後における吾が国の立場が農業生産力を増進することによつて国力の強化を図ることを以て最も主要な国策となす以上この目的達成のために行われる前記諸立法が地主よりその所有土地を強制的に買収し或は譲渡せしめるという制度を包含するに拘らず公共の福祉に合致するものとして合憲とされる所以である。而して政令第二百八十八号第二条第一項第三号は創設自作地の政府先買権と称せられる旧自創法第二十八条及び之を承けた現行農地法第十五条とその精神を同じくするものであつて自創法第十六条によつて売渡を受けた農地について自作をやめようとし又はやめた場合にはその農地を自作農として農業に精進する見込のある者に譲渡しなければならないとし右譲渡を受ける資格を有する者が現存しない場合には政府に売渡すべきものとするのである。いうまでもなく自創法第十六条は当該農地につき耕作の業務を営む小作農、又は自作農として農業に精進する見込のある者に売渡をなすのであるから右規定によつて創設された自作農地が他人に売渡されたり又は他人に貸しつけられたりしたならば自作農を創設した趣旨は根底から覆されてしまうこととなる。従つて前掲政府の先買制度は自創法によつて一度自作地となつた農地は永久に自作地のままであつて再び小作地とはならないことを企図するものであつて自作農創設という法目的実現のために行われることであり多分に罰則的な性格を帯びるとはいえ決して自作農創設が国家の恩恵であるという考え方に基くものではない。換言すれば農地に関する権利の設定移転乃至賃貸借の解除解約についてはこれを地方長官の許可にかからしめる方法により国家的な統制を企図する旧農地調整法現行農地法の諸規定とともに創設自作地については一種の国家管理を行わんとするものに外ならないのであつて之等の諸規定はいずれも農業生産力の増強という国家目的即ち公共の福祉のために行われることであつて決して私有財産制度を是認する憲法第二十九条に違反するものではない。而して政令第二百八十八号第二条第一項本文かつこ内の規定は譲渡を受ける資格を具備するものが現存しない場合における一時的例外的な事態を律するために設けられたものであつて同条項によつて譲渡された農地は機会があればいつでも自作地に復帰する状態におかれているのであるから潜在的な自作地というも過言でなくかかる一時的例外的な現象を捉えて公共の福祉という現実の必要性がなく従て憲法第二十九条に違反するという所論はにわかに採用することができない。

次に原告は政令第二百八十八号第二条第一項第三号の強制譲渡は正当な補償をしないから憲法第二十九条第三項に違反すると主張するのでこの点について判断を加えるに、昭和二十五年七月三十一日以降農地の価格統制が撤廃せられたことは明かであつて譲渡政令施行令第十四条に依ると政令第二百八十八号第五条による強制譲渡の対価は昭和二十五年七月三十一日現在における土地台帳法による賃貸価格(同日現在において賃貸価格のないものにあつては近傍類似の農地又は農地以外の土地の賃貸価格に相当する額)の田にあつては二百八十倍、畑にあつては三百三十六倍を乗じて得た額と定められた。しかるところ同政令第三条第三号に依れば同令第二条に依る強制譲渡が自創法第十六条に依る売渡の日から十年を経過しない間に行われた場合には譲渡令書の定めるところにより当該農地を売渡すべきものは、

P(強制譲渡の対価)-P(売渡の対価)+10(売渡の日から強制譲渡の日迄の経過年数)(P-P)なる算式によつて算出された額を政府に支払わなければならないものと定められている。原告は前掲施行令第十四条の定める対価自体ならば正当な補償と謂えるがその対価より右算式による政府支払金を控除した手取金では正当な補償にはならないと主張するのであるから要は右政府支払金の制度が憲法に違反するか否かの問題である。そこで右政令第三条第三項は政府再補条項と称せられるもので農地の価格統制の失効に伴い同政令による強制譲渡の対価は前示の如く定められたがそれでは自創法第十六条により政府から売渡されたときの価格と同政令による強制譲渡による対価との差がかなり大きいのでその差額を譲渡人が受取ることになるとその者が不当な利益を得る結果となるのでそれは政府に納付すべきものとなすのである。即ち十年間においては著しい価格の変動はないものとみて、譲渡人には先づ措置法の規定により売渡を受けたときその者が政府に支払つた額と、当該売渡の日から強制譲渡の日迄同人はとも角自作農として農業に精進して来たのであるからそれをみる意味で年々新価格と旧価格との差額の十分の一を与えることを内容とする前掲算式によつて算出された額を政府に支払うこととし、右支払金は自作農創設特別措置特別会計に繰入れられ自作農創設維持事業の資金源に充てられることとなるのである。而して右制度は民法第五百七十九条所定の不動産売買の買戻の制度と酷似し同条に依れば売主は既に支払つた代金と契約の費用を返還すれば足るのと比較してもその合理性が保証せられるわけである。

なるほど一般的には農地の価格が高騰したのであるから創設農地についてのみいつ迄も従前の統制価格に据置くことは不合理であつてその差額は譲渡人に受取らせるのが相当であるという議論は一応諒解せられるけれども自創法第十六条の売渡は自作農創設という目的のために行われたものであつて決して買受人に不当の利益を得せしめるためのものではない。しかも前説示のとおり自創法による政府先買の制度と同様政令第二条第一項第三号の強制譲渡は明かに罰則的な意味を持つものであるから他の一般的売買の場合と異る措置が執られたとしても決して法の下に平等という憲法の規定に反することにはならない。従て政令第二百八十八号第五条同政令施行令第十四条所定の対価の額が正当なものと解せられ又政府支払金の制度が適法である以上その差額である手取金自体を以て正当な補償にならないという議論は当を得ないことであるからこの点に関する原告の主張も亦理由がない。

次に原告は、被告小林古丸に対する本件土地の賃貸借は一時的のものであるから強制譲渡の対象にはならないと主張するので判断するに政令施行令第十条第二項第一号、第三条第六項は当該土地の所有者がその者又は同居の親族若はその配偶者について(一)死亡、(二)疾病、(三)就学、(四)選挙による公務就任その他の事由で市町村農業委員会が都道府県農業委員会の承認を受けてやむを得ないものと認めた場合、等の事由により当該土地を自ら耕作又は養畜の業務の目的に供することを一時やめようとし又はやめている場合における当該農地については強制譲渡せしめない旨を定めている。しかし本件においては原告は被告小林古丸が満洲から引き揚げて来たが農耕地がなかつたので同人の申出により本件農地を賃貸したものであることは原告の自ら主張する事実であつて、前掲施行令第十条第二項第一号所定の原告側の事由に依て賃貸した事実はこれを認め得る証拠が全くなく、証人高箒誠、同河東光義並びに原告本人の各供述中右賃貸借が二、三年という短期のものであり且つ一時返地したものであるという点はにわかに措信することができない。却て成立に争のない乙第二号証乃至同第四号証、同第十号証、同第十一号証証人河西福貴、並びに被告本人小林古丸の各供述によると原告は当時農耕に従事する人手が足りず旁々被告小林から賃借の申出があつたので同人に対し昭和二十五年四月十五日本件土地を含む別紙第一号目録記載の土地を別に期限を定めずに賃貸したものであることが認められるから、一時的の賃貸借を理由として本件強制譲渡処分が無効であるとなす原告の主張も亦排斥を免れない。

次に原告は被告小林古丸に対し本件土地の所有権に基いてこれが返還を請求しているが右土地に対する強制譲渡処分が無効でないことは既に説明したとおりであつて成立に争のない乙第七号証乃同第九号証によると原告は右譲渡対価の受領を拒絶したので政府は昭和二十七年十二月十七日右対価金八千七百五拾六円を供託しこれを原告に通知した事実が認められるので政令第二百八十八号第三条第一項により令書記載の日に右土地の所有権は政府に移転したのであるから原告はもはやその所有権を有しない。従て既にこの点において被告小林に対する原告の主張は排斥を免れない。仍て原告の被告等に対する請求はいずれも失当であるからこれを排斥することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 鳥居光子)

(目録省略)

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